大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(オ)594号 判決 1988年4月08日

上告人

李光男

右訴訟代理人弁護士

川崎敏夫

被上告人

株式会社

ヴィラ宮本

右代表者代表取締役

宮本弘

右訴訟代理人弁護士

山崎一雄

主文

一  原判決中、被上告人の上告人に対する反訴請求に関する部分を破棄する。

二  右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

三  上告人のその余の上告を棄却する。

四  前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

一上告代理人川崎敏夫の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二同第二点について

原判決は、被上告人の反訴請求を認容するに当たり、上告人が訴外フジタ工業株式会社(以下「フジタ工業」という。)から同社が訴外田中健次らに対して有する金三五〇〇万円の債権及びこれを担保するため本件建物に設定された抵当権及び所有権移転請求権仮登記上の権利(以下「本件担保権」という。)を譲り受けたと認定したうえ、(1) 本件建物はいずれ収去される運命にあつて価値がないに等しいものの、(2) 当事者らは本件建物ないしは本件建物に設定された抵当権の価値をいずれも金二四〇〇万円ないし金二五〇〇万円と解しており、(3) 本件建物は被上告人が関与することによつて右の価値を有するに至つたというべきであり、(4) 上告人が本件抵当権付債権を取得した経緯に照らせば、上告人が本件訴訟において本件抵当権によつて担保される債権が金三五〇〇万ないしはそれに附帯する利息損害金である旨を主張することは許されず、(5) 抵当権によつて担保される債権額は究極的には当該不動産の価値を限度とすることに照らせば、本件建物によつて担保される債権額は金二五〇〇万円であると解するのが相当であると説示する。

しかし、原判決説示に係る右の諸事情があるとしても、被担保債権額が金二五〇〇万円に限定される理由とはならないから、原審の右判断を是認することはできない。

また、原判決挙示の乙第一二号証(不動産登記簿謄本)には、本件抵当権の被担保債権として、債務者を訴外三和企業組合とする昭和四〇年九月三〇日債務弁済契約の返還債権三五〇〇万円並びに日歩三銭の割合による利息及び日歩五銭の割合による損害金である旨の記載があるのに、原判決においては右被担保債権の発生原因事実も、右債権と上告人がフジタ工業から譲り受けたとされる同社と訴外田中健次らに対する債権との関係も説示されず、更に、フジタ工業から上告人への債権譲渡契約又は上告人から訴外東元春子及び同安東智への債権譲渡契約における各譲渡債権の内容又は右各譲渡債権と本件担保権との関係についての審理も尽くされていない。

以上によれば、原判決には、被担保債権額の認定に関して審理不尽ひいては理由不備の違法があるといわなければならず、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三ところで、原審は、被上告人の反訴請求について、上告人に対して、被上告人から被担保債権の弁済を受けるのと引換えに本件抵当権の登記及び本件仮登記の各抹消登記手続をするよう命じている。

しかしながら、被担保債権の弁済は抵当権設定登記の抹消登記手続に対して先履行の関係に立つものであつて、同時履行の関係に立つものではないから(大審院明治三七年(オ)第三〇七号同年一〇月一四日判決・民録一〇輯一二五八頁、最高裁昭和四一年(オ)第六三三号同年九月一六日第二小法廷判決・裁判集民事八四号三九七頁、最高裁昭和五六年(オ)第八九〇号同五七年一月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一三五号三三頁参照)、たとえ、将来の給付の訴えの利益が認められ、かつ、弁済すべき被担保債権の額を確定することができるときであつても、抵当権設定登記の抹消登記手続を求める請求は、将来債務者又は物上保証人が被担保債権を弁済すること(物上保証人にあつては、被担保債権を債務者に代わつて弁済することによつて取得した抵当権が所有権と混同して消滅すること)を条件として、許容することができるにとどまると解するのが相当である。そして、右の理は、金銭債権を担保することを目的としてされた代物弁済の予約等を原因とする所有権移転請求権の仮登記の抹消登記手続を求める請求についても、変わるものではない。

原審が、右と異なる見解のもとに、被担保債権の弁済と引換えに本件抵当権の登記及び本件仮登記の各抹消登記手続を命じたことは、同時履行の抗弁権に関する民法五三三条の規定の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならず、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

四そうすると、原判決中、反訴請求を認容した部分は、前記のとおり判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるから、破棄を免れない。そして、本件においては、本件担保権に係る被担保債権の額につき更に審理を尽くさせるため反訴請求に関する部分を原審に差し戻すことが相当である。

五よつて、原判決中、反訴請求に関する部分を破棄し、右破棄部分につき本件を原審裁判所に差し戻し、その余の部分については論旨は理由がないので本件上告を棄却することとし、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭 裁判官香川保一裁判官奥野久之)

上告代理人川崎敏夫の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の違背がある。

一、原判決は甲第一号証の和解調書の和解条項第五項(以下本件和解という)を「履行の引受」であると認定した。

本件和解が「債務引受」であるか「履行の引受」であるかは、和解条項そのものによって判断すべきであり、況んや和解条項第五項には金三五〇〇万円「を引受け」とわざわざ挿入されていることから、債務引受であることは明白である。

上告人は右和解の当事者ではないので、右挿入の経緯、理由については知る由もないが、これに関与した弁護士林成凱の別紙添附上申書によれば、和解の席上、裁判官に表現が不明確であることを指摘されて山崎弁護士(被上告人の代理人)が記入したものであり、代理人弁護士の当事者に対する説明は、勿論債務引受であると説明し、当事者も代理人弁護士も共に「履行の引受」などとは思ってもいなかったというのである。

それを敢て難解な「履行の引受」と認定することは論理の法則と経験則に違背したものというべきである。

二、原判決は、フジタ工業の顧問弁護士である川崎弁護士から「被上告人がフジタ工業に金二五〇〇万円を支払うことによってフジタ工業の田中に対する債権を譲受けるか、本件建物に設定された抵当権を抹消する旨の内諾」を得たと認定する。

川崎弁護士が被上告人及びその代理人山崎弁護士から金二五〇〇万円で債権譲渡を受けたいとの申入れを受けたことは事実であるが、内諾を与えたことはない。

右申入れに対して、これを顧問会社に取次ぐこと、ないし申入れの趣旨にそうよう努力することを約することがどうして内諾になるのであろうか。

原判決は「内諾」の意味をどのように理解し、どのように判断しているのであろうか。

凡そ弁護士がこのような申入れを受けたとき顧問会社に対し、相手方からの申入れの趣旨を説明し、これに対する私見を述べて具申し、諾否の返事を得るのが順序である。

諾否の回答を得ない状態のときに内諾を与えることは社会観念からしてもあり得ないことである。

被上告人も川崎弁護士から「禀議をとるから、それまで待ってほしい」とか「禀議中であるが、まだ回答がない」といわれ、延引していたことは認めているところである。

しかるに原審が、敢て「内諾」を与えたと認定することは、社会通念からしても、経験則からも許されないことである。

第二点 原判決には理由不備の違法がある。

原判決は反訴について本訴におけると同様、フジタ工業が被上告人の申出を一旦は内諾したと認定しながら、現実には債権譲渡の契約が成立せず、フジタ工業が上告人に本件建物に対する抵当権付債権を譲渡したことに対して、抵当権によって担保される債権額は金二五〇〇万円であると解するのが相当であるとする。

本件建物には金三五〇〇万円の工事請負代金につき抵当権設定登記がなされ、右三五〇〇万円は元本であり、利息、損害金債権も発生している。

上告人、被上告人から抵当権付債権を金二千四、五百万円で譲渡して貰いたいとの申出があり、上告人に対して、その金額で譲渡したからと言って、本件建物によって担保される債権額が金二五〇〇万円になると漫然と速断することはまことに早計というべきである。

原判決は本件建物がいずれ収去される運命にあって価格がないに等しいものとか、本件建物は被上告人が関与することによって金二千四、五百万円の価値を有するに至ったというべきであるというが、被上告人が仮に本件建物を収去する場合の費用、及び収去後新築する建築工事代金を考慮すれば、数億円を要することに鑑みれば、如何に不当な判断であるか明らかである。

しかるに原審が思いをここに致さず、本件建物によって担保される債権額は金二五〇〇万円であるとすることは理由不備の違法あるものといわねばならない。

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